コロナ禍をきっかけに、ニュースなどで「ベーシックインカム」という言葉が多く取り上げられるようになりました。社会保障制度の一つであるベーシックインカムは、国内外で発生している諸問題を解決するために有効な手段と考えられています。この記事では、ベーシックインカムの仕組みやメリット・デメリット、今後の展望について解説します。
ベーシックインカムとは
ベーシックインカムとは、年齢・性別・所得水準などにかかわらず、すべての国民が一律の金額を恒久的に受けられる社会保障制度のことです。「基本」を意味する「Basic」と「収入」を意味する「Income」を組み合わせた言葉で、最低所得保障と訳されることがあります。日本には存在しない制度ですが、アメリカやドイツ、イタリアなどで実験的に導入が進められています。
公的扶助(生活保護)との違い
日本では公的扶助として生活保護制度が実施されていますが、ベーシックインカムとの違いは「受給条件が定められているかどうか」にあります。生活保護を受給するには、収入状況や就労の可否などさまざまな条件をクリアしなければいけません。しかし、ベーシックインカムにはそのような制限がなく、すべての人に無条件で支給される点が特徴です。
ベーシックインカムが注目される背景
ベーシックインカムが注目されるようになった背景として、景気の悪化や失業率の上昇が挙げられます。最初にベーシックインカムに注目が集まったのは、世界的な金融危機が発生した2008年のリーマン・ショックです。さらに、2020年に感染拡大した新型コロナウイルスが多くの人々の生活に悪影響を与えたことから、世界中でベーシックインカムに関する議論が活発化するようになりました。
ベーシックインカムのメリットは?
ベーシックインカムを導入することで、さまざまなメリットが生まれるといわれています。ここでは、そのなかでも代表的なメリットを4つ紹介します。
貧困・少子化問題の解消につながる
ベーシックインカムが導入されることで金銭面の不安が解消され、最低限の生活を維持しやすくなります。特に、ワーキングプアと呼ばれる「生活保護の水準に達していないが貧困状態にある人々」に効果的です。また、ベーシックインカムによって子育てにお金がかけやすくなることから、少子化対策としても期待されています。
長時間労働が削減される
ベーシックインカムによって職業に関わらず一定の収入が保障されるようになると、無理をして長時間労働を行う必要がなくなります。さらに、低賃金やハラスメントを強いるような会社で働き続ける人が減ると予測されています。その結果、企業全体の労働環境が改善されていく可能性が高くなるでしょう。
多様な働き方ができる
毎月一定のお金を得られるようになれば、稼ぐためにフルタイムで働く必要性は薄くなります。そのため、ベーシックインカムの導入によってアルバイト・フリーランス・副業など多様な働き方ができるようになる点もメリットです。金銭面や健康面で将来の夢や学業を諦めていた人も、自分の体調や将来設計に合わせて柔軟に働きやすくなるでしょう。
生活保護の不正受給問題が解決する
ベーシックインカムの導入は、生活保護の不正受給問題にも効果的です。最低限の生活を保障するためのお金を得られるようになると、日々の暮らしにも心にも余裕が生まれやすくなります。その結果、わざわざ不正を働こうとする心理が抑制されやすくなるでしょう。
ベーシックインカムのデメリットは?
ベーシックインカムにはさまざまなメリットがある一方で、いくつかの懸念点が存在します。これらの問題が解決しなければ、実際に制度を導入するのは難しいと考えられています。
財源の確保に課題がある
ベーシックインカムを実施するためには、莫大な財源を確保しなければいけません。しかし、日本の国民年金の満額である約66,000円を毎月国民に支給する場合、年間約100兆円が必要とされています。この金額は年間の国家予算に相当し、追加で財源を確保するためには増税など新たな負担が必要になると考えられています。
労働意欲や競争意欲の低下につながる恐れがある
ベーシックインカムによって低賃金や長時間労働といった過酷な労働環境から解放される一方で、「わざわざ働かなくてもお金が手に入る」と考える人が増えて、社会全体の労働意欲が低下する恐れがあります。また、すべての国民に同一の金額が支給されるため、「人より優位なポジションを目指そう」「あの人より成果を上げたい」といった競争心が下がりやすくなる点もデメリットです。
他の制度に影響を及ぼす可能性がある
ベーシックインカムの導入にあたって、財源を確認するために年金や医療などの他の社会保障制度の見直しが行われる可能性があります。現状の案では既存制度から支給されるお金を減らす・徴収額を増加させるといった施策が検討されているため、国民の属性によっては不公平感や不信感を抱きやすくなることが考えられます。
ベーシックインカムが生活に及ぼす影響は?
ベーシックインカムが導入されると、生きるために働く必要がなくなるため、働き方が多様化しセミリタイアを実施する人が増えると予測されています。お金の不安が解消されることで、国内外へ旅行に行ったり、改めて大学や専門学校などへ入学して学び直したりと生活の幅が広がるでしょう。その反面、給料に関わらずやりがいのある仕事に労働者が集まりやすくなる一方、労働環境が過酷になりやすい職種は人手不足に陥るリスクがあります。
各国のベーシックインカムの導入事例
ベーシックインカムはすでに一部の国で試験的に導入されています。ここでは、各国の導入事例を紹介します。
アメリカ
アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルス市では、新型コロナウイルスの影響で貧困に苦しむ約3,200世帯に対し、毎月1,000ドルを2022年1月から1年間支給する実験が行われました。条件はロサンゼルス市在住の18歳以上の住民で、「連邦政府が定める貧困レベル以下の所得であること」「扶養している子どもが1人以上いる、または妊娠中であること」といったものがあります。多くの世帯で「生活が安定したことで、フルタイムの仕事を見つけやすくなった」などの効果が見られ、全国的に導入実験が検討されています。
ドイツ
ドイツでは、以前よりさまざまな団体でベーシックインカムの導入実験が行われています。2014年には、NPOによって抽選で選ばれた人に対し一定額が1年間支給されました。さらに2021年には、ドイツ経済研究所によって120人を対象に毎月1,200ユーロを3年間支給する実験がスタートしています。実験終了後、支給を受けていない人々との比較分析が行われる予定です。
フィンランド
フィンランドでは2017年から2年間にわたってベーシックインカムが導入され、失業者から無作為に選ばれた2,000人に対して毎月560ユーロが支給されました。ベーシックインカムによって支給対象者のストレスが軽減し幸福度が向上したとの結果が出た一方、労働意欲の向上や雇用促進に関しては期待していたような効果は得られませんでした。
その他
上記で紹介した以外にも、さまざまな国でベーシックインカムの導入が検討されたり、実験的に進められたりしています。例えば、ブラジルのマリカ市では、現金ではなくカードやスマートフォンへのチャージという形で地域通貨の支給が行われています。一方、スイスでは2016年に毎月2500スイスフランを支給するベーシックインカムが検討されていましたが、財源の懸念などを理由に国民投票で否決となりました。
日本におけるベーシックインカムの状況は?
日本では、コロナ禍をきっかけにベーシックインカムの導入に関する議論が活発化しました。実際に2021年の総選挙において、日本維新の会が「社会保障を統合して毎月6〜10万円を支給する」という内容のベーシックインカムを公約として掲げています。しかし、財源の確保に課題があり、多くの人が納得できるような解決策が見つかっていないのが現状です。そのため、日本におけるベーシックインカムの導入は当面難しいといえるでしょう。
まとめ
この記事では、ベーシックインカムについて解説しました。ベーシックインカムにはさまざまなメリットが期待されており、実際に世界各国で導入実験が進められています。しかし、継続的に実施するには、財源の確保を始めとする多くの課題をクリアしなければいけません。とはいえベーシックインカムに関する議論は年々活発化しているため、最新の動向を常に追い続けることが大切です。