ワーキングプアとは「働く貧困層」という意味を持つ言葉で、日本国内でも多くの人がワーキングプア状態にあります。ワーキングプアは個人の問題に留まらず、社会全体に影響を与える大きな課題となっています。この記事では、ワーキングプアの主な原因や陥りやすい人の特徴、具体的な対策例について解説します。
ワーキングプアとは
ワーキングプアとは、フルタイムで働きながらも収入が低く、貧困状態にある人を指す言葉です。別名として「働く貧困層」とも呼ばれます。ワーキングプアかどうかを判断する基準は、2018年に厚生労働省が公表した貧困線によってわかります。
日本の貧困線
厚生労働省が2018年に公表したデータによると、日本の貧困線は単身者世帯で約124万円、2人世帯で約175万円、3人世帯で約215万円、4人世帯で約248万円になっています。
子どもの貧困率は同データによると13.5%になっていて、これを実数値にすると約255万人となり、多くの子どもたちが貧困状態にあることがわかります。
ワーキングプアになる原因
ワーキングプアになる原因とされているのが、非正規雇用割合の増加、企業の人件費削減、就職氷河期の到来です。雇用者全体のうち、非正規雇用の割合は総務省統計により2018年の段階で約38%を占めています。
非正規雇用者は、正規雇用者と違い短時間勤務を前提に契約しているため、十分な教育を受ける機会が少なく、スキルや経験を積み辛いことがしばしばあります。そのため、就職・転職の場面でも企業が求めるスキルに達していない状態となり、正規雇用になる機会を得られずに非正規雇用という働き方を繰り返す傾向があります。
企業経営において人件費は大きなコストのひとつで、人件費を削減するためには、働く人数を減らすか、安価に雇える非正規雇用を増やすかの二択になります。業務をこなしていくために人的リソースが必要になりますが、収益力を落とさないためにはある程度の人員数は必要です。
特に1991年のバブル崩壊後は、非正規雇用者を採用する企業が増加し、さらに訪れたのが就職氷河期です。 満足な就職活動ができないうえに生活維持のために非正規雇用で仕事をするしかなく、正規雇用で働くチャンスに恵まれ辛い景気の低迷期が訪れます。
厚生労働省の見解では、就職氷河期は1990年代から2000年代とされており、その世代の人は2022年時点で35~50歳前後となっています。こうした時代背景もワーキングプア増加の原因とされています。
社会的な問題
ワーキングプア状態になると、生活の安定や健康の維持、子どもの就学などが困難になります。より多くの収入を得ようと労働時間を長くする傾向があり、過労死に繋がる原因のひとつとされています。完全貧困なら生活保護を受けられますが、フルタイム勤務のために収入が増え、生活保護の受給資格を満たせない状態である問題も生じます。
また、「生活保護を受けるのは恥ずかしいこと」と思われていることも、この問題の一因にあります。就職活動をしても働き口がなく、次第に仕事への意欲が失われていきます。しかし生活保護の受給には抵抗があるため、非正規雇用でまた低収入の仕事をする…こういった悪循環が起こります。
金銭面での余裕がないため子どもを育てることも難しく、結果として少子高齢化が加速する社会問題に繋がっています。
長期的なデフレ
1991年のバブル崩壊後に物価は下がりましたが、企業の収益も同時に減少。結果として従業員の賃金も減少するデフレスパイラルに陥ります。この時期に非正規雇用の割合も上昇しており、デフレはワーキングプアになる人を増加させる一因です。ワーキングプアをこれ以上増やさないためには、デフレ経済からの脱却が必要となります。
働き方の多様化
現代では副業や兼業、終身雇用制度の崩壊、ジョブ型雇用の浸透など、人々の働き方に対する価値観が従来と比較して大きく変わりました。「仕事だけが人生ではない」「自由な時間・自由な場所で仕事をしたい」といった理由から、収入が低くても自分が望む働き方を実践する人が増えています。働き方の多様化により、あえてワーキングプア状態を選択する人がいることも原因のひとつです。
ワーキングプア状態にある人の数
ワーキングプア状態の人は日本にどれくらいいるのでしょうか。本項目では、ワーキングプア状態にある人の数や、高学歴ワーキングプアの存在、世界との関係性について解説します。
約4人に1人がワーキングプア?
一般的にワーキングプアは、年収200万円以下の人を指します。 日本の労働人口は約5,000万人。国税庁の「民間給与実態統計調査(令和元年度版)」によると、年収200万円以下の人は約1,200万人いることが分かり、約4人に1人がワーキングプア状態になります。ちなみに約4人に1人という数字は男性の全国平均数値で、女性のワーキングプアの割合は地域によって更に高くなります。
ワーキングプアは女性に多い
総務省の統計「平成29年就業構造基本調査」によると、女性のワーキングプアの割合は全国平均で40.5%で、働く人のおよそ2.5人に1人がワーキングプア状態にあることが分かります。全国平均は40.5%になりますが、この数値は地域によって差があります。最も割合が高いのは沖縄県の62.9%で、青森県の58.5%、秋田県の57.3%と続きます。男性のワーキングプア率も低いとはいえませんが、女性の方がワーキングプア率が高いのはなぜでしょうか。
大きな要因とされているのが、「非正規雇用」「就職時の待遇格差」「結婚や出産などのライフイベントの変化」などです。すでに紹介した通り、非正規雇用で働き続けるサイクルから脱却することが難しくなり、収入を上げていく機会を得にくくなります。
また、新卒入社の時点で男女の採用コースに違いがあったり、総合職より一般職を選ぶ女性が多かったりと、将来的な賃金差が入社時点である程度決まってしまうケースもあります。
さらに、女性は結婚・出産・育児などで退職や休職を検討しなくてはならないことも一因にあります。働き方の多様化による影響も考えられますが、女性のワーキングプア率を高めている大きな要因と言われています。
高学歴のワーキングプア
難関大学や大学院を卒業しながらもワーキングプアになる人は、「高学歴ワーキングプア」と呼ばれます。高学歴でもワーキングプアになってしまう原因には、大学卒業時に就職難であったり、高学歴だからこそ自身や周囲の基準が高く、希望する企業に勤めることができないケースがあります。
世界の貧困率との関係性
「国際労働機関(IOL)」によると、1日約350円未満で生活するワーキングプアの人数は、世界で約7億人いるとされています。また、コロナ禍によりワーキングプアの人数は、2019年に比べて約1億800万人増加したと発表しています。国際的な統計データを扱う「GLOBAL NOTE」によると、2019年の世界の貧困率は、南アフリカが27.7%、ブラジルが21.5%、コスタリカが19.9%と続き、日本は15.7%と12位の位置にいます。
ワーキングプアの問題点
ワーキングプアの問題点には、過労死や自殺が挙げられます。非正規雇用の項目でも紹介しましたが、低収入の穴を埋めるために長時間労働をこなし、体を酷使して過労死に繋がってしまうケースが多いです。
また、収入が低い状態は精神的にも追い込まれます。自殺の原因・動機別で「健康状態」の次に多い「経済・生活問題」では、ワーキングプアが大きく関連しています。
家庭を持てない
収入が低いことで、「結婚ができない」「家庭を持てない」という人が増えることも、ワーキングプアの問題点です。結婚ができずに家庭を持てない人が増えると、日本の少子化問題に拍車がかかります。
親から子へ受け継がれやすい
ワーキングプア状態にある家庭の子どもは、同じくワーキングプアになりやすい傾向があります。最も大きな理由が、高校や大学への進学費用が払えないことで低学歴になってしまうことです。就職・転職で不利になるばかりでなく、日々の生活を支えるために仕方なく非正規雇用で働き始める悪循環が起こりやすくなります。
また、ワーキングプア状態にある家庭の子どもはモチベーションを失い努力しなくなるというデータもあります。学校や家庭環境などの要因で子どもの学習意欲が奪われてしまい、結果として子どもが成長したときにワーキングプアに陥ってしまうケースが発生します。
社会経済に影響を及ぼす
ここまでに紹介したように、ワーキングプアはさまざまな要素を絡めながら連鎖していく傾向があります。たとえ正規雇用で働いていても一度レールから外れると戻るのは難しく、年齢を重ねるにつれて低収入状態から抜け出せなくなります。
「女性のワーキングプアが増える」「子ども世代に連鎖する」「少子化が進む」「経済が低迷する」という流れに繋がり、一層ワーキングプアに悩む人が増えてしまうのです。
ワーキングプアの対策例を紹介
ワーキングプアの対策例には、どういったものがあるのでしょうか。特に有効とされている対策例を3つ紹介します。
就労支援を行う
働く意欲のある人が正規雇用で働ける環境を作るために、就労支援を行うことが大切です。各都道府県に設置されているハローワークでは、中高年向けの転職相談はもちろん、若年層向けの就労支援も行っています。
非正規から正規雇用へ
非正規雇用から正規雇用への転換を進めていくことも、有効なワーキングプア対策のひとつです。無期転換ルールや紹介予定派遣の活用など、企業側が積極的に取り組める対策も数多く存在します。また、労働者自身も正規雇用を目指し、スキル・経験などを向上させていく努力も必要です。
最低賃金の見直し
2022年5月時点の日本の最低賃金は、最低が沖縄・高知の820円になっており、最高は東京の1,041円となっています。
例えば、東京で暮らしていて、最低賃金1,041円で1日8時間・週5日を最低時給で勤務しても、年間にすると約199万円にしかならず、ワーキングプアの水準を超えることができません。年間200万円程度では十分な暮らしができるとは言い難く、最低賃金の引き上げはワーキングプア問題解消に必要不可欠な対策です。
まとめ
この記事では、ワーキングプアの概要や、陥りやすい問題点、対策を解説しました。ワーキングプアは個人の問題だけではなく、家庭環境や社会情勢など多くの物事が関連する問題です。一人ひとりがワーキングプアの問題を強く意識し、より良い社会を作れるように努めましょう。