少子高齢化が進む現代の日本で問題になっているのが、高齢者の雇用と生活に対する保障です。法改正によって年金の支給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられて以来、高齢者の生活保護を目的としたさまざまな制度が作られました。そんな中で注目されているのが、再雇用制度です。この記事では、再雇用制度の特徴や運用ルール、従業員と雇用契約を結び直すときのポイントを解説します。
再雇用制度とは
再雇用制度とは、退職した従業員を同じ企業(子会社・グループ会社を含む)で再び雇用し直す制度のことです。正しくは「定年後再雇用制度」と言い、定年を迎えた従業員が対象となります。再雇用制度は高齢者の雇用と生活を守るために作られた制度であり、企業は法律によって制度の施行を義務付けられています。定年を迎えた従業員は、希望すれば誰でも再雇用・継続雇用のいずれかを選択できます。一度退職の手順を挟むので、退職金を受け取りつつ継続して就労できるのも特徴です。
継続雇用制度との違い
継続雇用制度とは、定年後に退職の手順を踏まずに雇用契約を継続する制度のことです。再雇用制度では、退職手続き後に、役職・雇用形態・給与・勤務時間などを再設定できますが、継続雇用制度は現職のポジションや契約内容がそのまま引き継がれるのが特徴です。また、退職金制度がある場合は、雇用契約の延長期間が終了したタイミングで支払われることになります。
2020年に法改正されたポイント
再雇用制度の元となっている法律「高年齢者雇用安定法」は、1971年の制定以来、いくつかの改正を繰り返しながら現在に至っています。2012年にあった大きな改正では、年金の受給年齢が60歳から65歳へと段階的に引き上げる施策に伴い、企業に対して下記の条件を義務付けました。企業は高齢者の雇用に関して、1〜3のどれかの施策を必ず実行しなければなりません。
【2012年の法改正で制定された項目】
- 定年を65歳まで引き上げること
- 65歳までの継続雇用制度を導入すること
- 定年制度を撤廃すること
つまり2012年以降は、企業は原則として65歳まで従業員を雇用する義務が発生しています。これに違反した場合は、ハローワーク等からの指導や改善計画書の提出を求められます。さらに、従わなかった場合は社名公表が行われるなど、厳しい罰則規定があります。
2020年にも大きな法改正があり、努力義務として下記の項目などが追加されました。
【2020年の法改正で制定された項目】
- 定年を70歳まで引き上げること
- 70歳までの継続雇用制度を導入すること
- 70歳まで業務委託契約で働ける仕組みを導入すること
- 定年制度を撤廃すること
2012年の法改正で制定された年齢制限が、軒並み70歳へと変更されたことがわかります。こちらは努力義務なので、すぐに施策を実行しなくても問題はありません。しかし、将来的にはさらなる法改正が行われる可能性もあるので、どのような措置を採用するのかが今後の企業運営の課題となっています。
再雇用制度を導入するメリット
施行義務がある再雇用制度ですが、正しく運用すればさまざまなメリットを得られます。制度導入によって得られる良い効果について理解しておきましょう。
ノウハウを円滑に継承できる
再雇用制度によって経験豊富な人材を確保できるので、専門的な技術・ノウハウの継承が容易になります。労働契約を結び直すときに、実務中心ではなく、後輩の育成・研修に業務をシフトすることで、再雇用後の役割をより明確化できます。仕事内容の変更には従業員の合意が必要になるものの、次世代の育成やノウハウ継承はやりがいが大きく、仕事に対する満足感の維持にも効果があります。
顧客の引き継ぎに労力がかからない
顧客や取引先の引き継ぎ業務には、それなりの労力がかかるものです。特に営業職などは属人的な要素が多く、「情報共有が漏れていてトラブルが起こる」「顧客側が担当変更に抵抗感を示す」など、引き継ぎが難しい側面もあります。再雇用制度を活用すれば、顧客との関係性を維持したまま段階的に引き継ぎを行うことができます。新しい担当者を交えて業務や挨拶回りを行えば、よりスムーズに顧客を引き継ぐことができます。
新規採用に頼らず労働力を確保できる
新規採用にかかる負担を軽減できるのも大きなメリットです。株式会社リクルートが2019年に行った調査によると、新卒採用における1人当たりの平均採用コストは93.6万円、中途採用の場合は103.3万円と、かなり高いコストになっています。再雇用制度なら即戦力人材をそのまま継続雇用できるので、採用・育成体制を整えるまでの労働力を確保しやすくなります。
助成金制度を利用できる
従業員の賃金が再雇用前と比べて75%を下回る場合は、「高年齢雇用継続給付」という助成金制度を利用できます。これは再雇用によって下がった賃金の一部を補填してくれる制度であり、助成金は従業員に支払われます。新しい労働契約では賃金を下げるケースがほとんどなので、給与や待遇に不満を持つ従業員も出てきます。助成金の積極的な推進や手続きのサポートを行うことで、給与面の不満を解消しつつ、働きやすい環境を整えることが可能です。
再雇用制度を導入するデメリット
人材確保の観点では有効に働きやすい再雇用制度ですが、施行することで起こるデメリットもあります。制度運用を進める方は、以下で紹介する問題点をしっかりと理解しておきましょう。
世代交代が遅れる
会社を継続的に成長・発展させるためには、人員構成や組織構造を把握し、計画的に採用活動を行う必要があります。人手不足を補う手段として短期的に再雇用制度を運用すると、人員構成のバランスが崩れて若年層の採用が困難になります。
若年層が早期退職してしまう理由として、「年齢が離れている同僚ばかりで、気軽に相談できる先輩がいない」という事例もよく聞かれます。新規採用と人材流動のサイクルを活発化できなければ、世代交代のスピードは遅くなってしまうでしょう。表面的な制度運営ではなく、熟練者を若年層の教育に注力させるなど、事業継続に効果的な制度設計を心がけましょう。
新しい発想が生まれにくい
一般的に年齢を重ねた社員は、柔軟な発想や新しい挑戦に対する気力が薄れていく傾向があります。特に市場の変化が激しい業界や、ITテクノロジーなどの最新技術を扱う企業では、再雇用した人材が増えることで成長速度が鈍化してしまうリスクがあります。若い世代との衝突や価値観のズレを避けるためにも、バランスの良い人材配置ができる仕組みを整えていく必要があるでしょう。
労働契約を結び直す場合のポイント
再雇用制度には、「希望者は全員雇用しなければならない」というルールがあります。たとえ雇用したくない従業員がいたとしても、本人が希望した場合は必ず再雇用する必要があります。トラブルを回避するためにも、労働契約を結び直すときに注意したいポイントを押さえておきましょう。
雇用形態を含む労働条件
再雇用制度では雇用形態を自由に変更できるため、従業員は以前の役職を失い、新しい仕事内容と雇用形態で契約を結ぶのが一般的です。ただし、再雇用時の労働条件をあまりにも下げてしまうと、働く意欲やモチベーションの低下を招く可能性があります。職場への悪影響を防ぐためには、社外の賃金相場を意識しつつ、労働に見合った評価を与えられる制度にする必要があります。
日本の場合、嘱託社員などの契約期間がある雇用形態が差別されやすい傾向があるので、呼び方や役職名など、従業員のプライドを傷つけないような工夫も必要になります。また、再雇用制度の契約期間や処遇については、就業規則に明記することを忘れずに行ってください。
契約の更新期間
再雇用制度において一般的なのは、1年間の期間を定めて有期雇用契約を結ぶケースです。企業は原則として65歳までは雇用契約を更新し続ける必要があるので、仕事内容の変更や時短勤務なども視野に入れ、先を見据えた柔軟な契約内容を作りましょう。従業員の体調が変化する可能性もあるので、1年単位で細かく見直し・更新できるような制度を設計するのが得策です。
賃金(同一労働・同一賃金)
厚生労働省が進めている「同一労働・同一賃金」は、仕事の内容や責任が同じであれば、支払う賃金を同じにしなければならない制度です。こちらの原則は、定年後に再雇用される60歳以上の従業員にも当てはまります。
例えば、契約時に給与や勤務日数を変更したにも関わらず、仕事のノルマや業務責任が同じという場合は、同一労働・同一賃金に違反していることになります。契約時に給与などを見直すのであれば、再雇用前と同じ仕事を任せられなくなるので注意しましょう。
福利厚生や各種手当
再雇用前に支給されていた手当は、合理的な理由がない限り支給し続けなければなりません。例えば、通勤手当・住宅手当・家族手当・皆勤手当・精勤手当などが該当します。もちろん、会社の福利厚生制度についても同様に提供対象となります。
ただし、週の所定労働時間が20時間以下であったり、毎月の賃金が8.8万円以下である場合は、厚生年金と健康保険の対象からは外れます。この場合は、日本年金機構の担当窓口に「被保険者資格喪失届」を提出しましょう。
有給休暇
毎年付与される年次有給休暇の取得可能日数は、原則として定年退職前の期間から勤続年数を通算してカウントすることになります。定年退職前に付与された未消化分の年次有給休暇も引き継がれることになり、付与日から2年間以内であれば取得することができます。
また、再雇用後に付与される年次有給休暇の日数は、労働時間によって増減します。労働時間が1週間あたり4日以下かつ30時間未満となる場合は比例付与となり、実質的に有給日数が減ってしまうので注意しましょう。
再雇用までの流れ
定年を迎える社員は、収入面や生活環境の変化に不安を感じている場合が多いため、なるべく早い段階から再雇用制度について説明を行う必要があります。ここからは、再雇用の周知から契約締結までの流れを簡単に説明します。
通達と意思確認を行う
再雇用制度は社員であれば誰でも利用できる制度ですが、全員が就労を希望するとは限りません。そのため、まずは対象者に対して、再雇用を希望するかどうかの確認を行う必要があります。通知は個別に行い、コミュニケーションをしっかりと取りながら進めましょう。
再雇用制度の対象者には、書面で再雇用の対象になっている旨を伝えます。その後、希望者には「再雇用希望申出書」、希望しない者には「再雇用辞退申出書」を提出してもらいます。口頭でのやりとりだと誤解が生まれやすいため、書面による説明も必ずセットで行うようにしてください。
面談による条件提示
労働条件の提示は必ず個別面談で行いましょう。管理職から外れたり、所属部署が変わったりと、本人の希望とは異なる仕事内容になるケースも多く、不満を抱く人がでてきます。従業員が労働条件に納得できない場合は、不満を感じているポイントを整理して、根気よく相談しなければなりません。本人が望む働き方をヒアリングし、再検討の余地があれば契約内容の見直しを行いましょう。
労働契約の締結
双方が納得できる労働条件が固まったら、契約の締結に進みます。再雇用制度では一度定年退職の手続きを行う必要があり、退職金の支払い等はこのタイミングで行われます。
まとめ
今回は再雇用制度の概要や制度の活用方法、契約における注意点を詳しく解説しました。現状ではほとんどの企業が再雇用制度・継続雇用制度のいずれかを採用し、高齢者の雇用保護に努めています。しかし2020年代においては、役職定年や早期退職制度などの積極的な運用を進める企業も多く、今後も高齢者を巡る雇用情勢は刻々と変化していくことが考えられます。定年後の人生やキャリアプランを考える意味でも、企業と従業員の双方が再雇用制度への理解を深めていくことが大切です。